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東京高等裁判所 昭和41年(ラ)229号 決定

抗告人

服部定雄

外六名

代理人

吉村節也

相手方

更生会社サンウエーブ工業株式会社管財人

児玉俊二郎

主文

本件抗告をいずれも棄却する。

理由

本件抗告の趣旨及び理由は別紙のとおりである。

案ずるに本件記録によると、本件更生申立会社(サンウェーブ工業株式会社。以下本件会社という)は原裁判所に対し会社更生法(以下法という)による更生手続の申立をしたので、原裁判所は昭和三九年一二月二四日午後三時右申立を理由ありと認めて、右会社について更生手続開始決定をし、同時に児玉俊二郎をその管財人に選任したこと、同管財人は更生計画案を作成して原裁判所に提出し、その後右更生計画案は原裁判所の許可をえて再度修正の上、同四一年三月三〇日午前一〇時の関係人集会において審理の上引き続き同期日において決議を経て可決されたこと、ついで原裁判所は同月三一日右更生計画案は法第二三三条第一項所定の要件を具備するものと認めて、これを認可する旨の決定をしたこと、そして本件会社の株主は、本件会社が破産原因たる債務超過の状況にあつたことを理由に、右更生計画案について議決権を有しないものとして決議に参加せしめられなかつたことが明らかである。

抗告人らはまず、右昭和四一年三月三〇日の関係人集会は本件会社の株主の関与なくして行われたものであるから、関係人集会として不存在であるという。

しかし本件会社の株主は右関係人集会について議決権なく、従つてこれに関与できないこと後述のとおりであるから、右関係人集会は株主の関与がなくとも成立することはいうをまたない。

つぎに抗告人らは、本件更生計画は法第二三三条第一項、第二項及び第三項の要件を欠くものとして、その理由をるるあげているので、以下順次検討する。

(イ)  まず本件会社の株主を関係人集会に招集しなかつたのは手続の違背であるという。

本件会社の株主が更生計画案について、本件会社が債務超過の状況にあつたことを理由に、議決権を有しないものとされたことはすでに述べたところである。しかるところ、管財人児玉俊二郎作成提出の調査報告書及び更生計画案(貸借対照表等を含む)によると、本件会社は昭和二三年一〇月わが国で初めてステンレス厨房器具の企業化に着手して量産技術を開発し、じ来斯業界に確固たる地盤を確保して来たところその後企業の多角化と発展を図るうち、規模の急激な拡大のため相次ぐ生産施設と販売部門の拡大等に膨大な資金の固定化を招き、そのため過大な借入金による金利負担を余儀なくされ、一方昭和三七年以後の売上は拡大した生産量に比較して伸びなやみ、さらに同三九年度多額の資金を投入して建設した深谷製作所の新製品開発が著しく遅れ、同年一〇月大阪の代理店が倒産に伴う手形の不渡を出したことに端を発し株価の急落を招き、折柄計画中の増資の実行が不可能となつて運転資金の不足も極限に達し、ついに更生計画が作成された当時債務超過額は、金一七億二七一三万円余となつたことが認められる。

ところで抗告人らは、右貸借対照表には前取締役柴崎勝男に対する損害賠償請求権査定額のほか、特許権及び商標権を計上せず、土地の評価も不当であると主張する。しかし管財人作成提出にかかる上申書によると、右柴崎に対する損害賠償請求権査定申立額元本総額二〇億二一二七万円余が全額認容され取立可能と仮定した場合には貸借対照表中資産の部に計上されている柴崎に対する貸付金等合計金四億〇九三六万円余が含まれているので、その差額である金一六億一一九〇万円余の資産が増加することとなつて、その結果金一億一五二二万円余の債務超過となるように見える。しかしながら査定額取立の対象となるべき柴崎の私財は、東京都中央区八重洲口五番地にある宅地一五筆合計一三八六、九平方メートル(四一九坪五合四勺)であり、右土地を一括処分した場合借地権、借家権の対象を差引き、これに私道利用価格を加算すると、最高評価額は金九億八二六三万円余と認められるので、右最高額で処分した場合においても、資産増加額は右評価額から前述の柴崎に対する貸付金等金四億〇九三六万円余を差引いた金五億七三二六万円余であり、これに本件会社の借地権、借家権の対価として取得しうる最高見込額金六億三三〇四万円余を加算した合計金一二億〇六三〇万円余が柴崎所有の土地の処分によつて取得しうる資産の最高額となり、結局金五億二〇八三万円余が債務超過となるところ、東京地方裁判所昭和四〇年(モ)第六八七四号保全処分申立事件の決定によつて、柴崎が国に対し有する所得税還付金請求権金一八五九万円余を確実なものとして評価しても、なお本件会社が債務超過であることに変りはない。次に貸借対照表によると、特許権及び商標権が資産の部に金一億〇三四七万円余として計上されていることは明白であり、また土地の評価額金二五億一九七六万円余は公認会計士の協力の下に、勧銀土地建物株式会社に鑑定を依頼した上なされたものであつて、これが不当に低廉であることの証拠はない。すると本件会社の株主が法第一二九条第三項によつて議決権を有しないものとされたことは当然であり、法第一六四条第二項によれば議決権を行使することができない株主は関係人集会に招集されないことができることは明らかであるから、このことについて何ら手続の違背はない。

(ロ)  この点に関連し、抗告人らは右規定は憲法第二九条及び第三二条に違背すると主張する。

関係人集会は本来所定の届出をした株主をもその構成員とするものであるから、これらの株主は関係人集会に出席し、更生計画案について意見を述べ、あるいは質問して説明を求めることができるべきものであることはいうまでもない。しかし会社に破産の原因(本件では債務超過)があるときは、株主は本来かかる会社の構成分子としてそのままではその有する株主権は虚無にひとしいのであるから、この会社を更生せしめ、会社の存続をはかるためにする会社更生手続は会社ひいてはその構成分子としての株主に、何ほどかの利益をこそもたらすものであつて、現時点以上に不利益を強いるものではありえないというべく、従つてこれら株主から議決権を奪い、更生計画案の決議に参加させないことはもちろん、計画案審理のための関係人集会に呼び出さないとしても、なんらその株主としての財産権を害するものではない。従つて前記各法条が憲法第二九条に違反するものでないことは明らかであり、いわんやこれら手続の形成に参加せしめられないとしてもこれら株主の裁判を受ける権利を奪うものともいいえないことは自明である。

(ハ)  最後に抗告人らは、財産の価額評定に会社を立会わせず、また株主から更生計画案について意見をきかなかつた手続の違背があると主張する。

前掲報告書の記載によると、管財人は大口債権者三社の社員多数の協力をえ実地に検査するなど、厳重な調査の上貸借対照表を作成したことが明らかであるが、右事実からすると管財人は財産の価額評定にあたつては、反対の事情のみるべきもののない本件においては当然本件会社(その代理人を含む)を立会わせ、評価の公正を期したものと推認するのが相当であり、また本件会社の株主に議決権なく、従つて株主を関係人集会に招集しなくとも別に違法でないことは前記のとおりである(もつとも記録によれば本件抗告人服部定雄ほか二、三の株主は現に関係人集会に出席し、意見を開陳していることがうかがわれる)。従つて抗告人らの右主張もまた採用の限りでない。

その他記録を精査するも、原決定には何ら違法の点は認められない。されば本件抗告は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(浅沼武 岡本元夫 田畑常彦)

(別紙)抗告の趣旨

一、原決定を取消し、改めて、関係人集会を招集すること。

二、更生会社の全株主若しくは届出株主に対し、更生計画案を送付して第二回関係人集会を招集し、株主に更生計画案に対する意見開陳の機会を与えること。

三、届出株主に、第三回関係人集会において、議決権を与えること。

抗告の理由

抗告理由第一点

更生会社の昭和四一年三月三〇日開かれた別添「関係人集会期日呼出状」に記載された会議の目的たる事項は、「更生計画案の審理及び決議」と示されているので、前半は第二回関係人集会、後半は第三回関係人集会にあたり、両集会が同日に連続して行なわれたのである。

しかして、第二回関係人集会の招集手続を検討するに、更生法第一九二条に「裁判所は、その計画案を審理するため、期日を定めて関係人集会を招集しなければならない、」、また法第一九三条には「……届出をした……株主から計画案に対する意見を聞かなければならない」とされているから、第二回関係人集会の招集には別添呼出状及び計画案を届出株主三、三〇〇名に送達しなければならないのにかかわらず全然いかなる書類も株主には送達されず、債権者のみに送達されたのである。

次に関係人集会の通則規定たる法第一六四条第一項には関係人集会の期日には……株主を……呼び出さなければならない」と呼出の強行規定をおき、第二項において、「前項の規定にかかわらず議決権を行使することができない株主は、呼び出さないことができる」と例外規定をおいているが、これは第三回関係人集会のことであつて、議決権に関係のない第二回関係人集会のことをいつているのでないことは明白である。

元来、法第二四九条において、株主総会の決議不要の規定を設けたゆえんは、法第一九三条の第二回関係人集会において、株主の参加権を認めたのと照応するのである。

計画案には、減資、新株式の発行、役員の変更及び、財務諸表の報告承認等、がふくまれているから、当然第二回関係人集会の計画案審議の過程において株主は説明を聞き、意見を述べ、或は、修正を促がすなどの自由を与えられねばならない。

かくして、更生会社の第二回及び第三回の関係人集会は、債権者のみの出席をもつて行われた。出席株主は、かく申す抗告人、ただ一人のみ出席し、集会席上において、だいたい本抗告理由同旨の意見を力説したが、孤独の正論は満場に通じなかつたのは、遺憾である。

そして、更生会社の

株主  一〇、七八五名

届出株主   三、三〇〇名

は、つんぼさじきにおかれて、例えば、訴状を送達しないで欠席判決を強行されたごとく、株主切り捨てご免の暴挙が行われたのである。

まさに、聖代の不祥事というべく、現在上場会社約二〇〇〇社、この株式時価総額金十兆億円、この株主約千五百万人より構成されている、わが国資本主義の……わが国有価証券市場の基盤は、一たび会社更生法の適用下に入ると、第一回関係人集会の外、株主はつんぼさじきにおかれて、問答無用のまゝ、財産権の死刑を受けるようなものである。

以上抗告理由、第一点は、法第二三三条第一号、「更生手続が法律の規定に合致していること」、第三号「決議が誠実公正な方法でされたこと」などの要件を欠くものである。

さらに、違法、ないし、著しく不当、非常識なる方法によつて、壱万余名の株主から金弐拾五億余円の株式価値を、法律上十分の一に切下げられたことは、憲法第二九条の「財産権は、これを侵してはならない」に該当し、民訴第四一九条の二の特別抗告理由となるのである。

抗告理由第二点

一、更生会社は、債務超過であるから法第一二九条第三項によつて、株主は議決権がないとされたが、その判断資料たる貸借対照表には、次の二口の資産が脱漏している。

(1) 更生会社の児玉管財人は昭和四〇年(モ)第一八八五六号損害賠償請求権査定の申立をなし現在審理中である。

請求金 二、〇二一、三九四、四八二円

被申立人 前代表取締役一名

右申立書において右請求権の証拠は明白と管財人は断言し、かつ、この請求権よりの収入金は、債権者の免除額の報償に充てることを計画案に示しているほどに確実な資産である。(計画案一四頁参照)

(2) 東京地方裁判所昭和四〇年(ワ)第三三一号会社役員責任追及の株主代表訴訟

請求額 金一九九、四三七、五五二円

原告・株主 服部定雄

被告 更生会社取締役、監査役合計十六名

二、右二口の請求権は計画案別表3の貸借対照表に記載しなければならない。

また、右貸借対照表には、監査役及び公認会計士の監査証明書を添付しなければならない。その論拠は次のとおりである。

まず最初に銘記すべきは、更生会社は、公益性の高い上場会社で証券取引法第一九三条の二の適用により有価証券報告書等を通じて会計及び監査に関する法令遵守義務が強く要請される。この義務は、更生法の適用下に入つても、軽減免除される規定はみあたらない。

前項二口の請求権の脱漏は、次の(1)(2)の会計法規に違反し、利害関係人をまどわすものである。

更生会社には、監査役が引続き在職している。監査役は株主総会にその意見を報告することを要するのであるが、前述のごとく第二回関係人集会は、株主総会に照応するがゆえに、出席株主に監査意見を報告する義務があるのである。

さらに、更生会社には、従来よりの法定監査人が、在職せられているがゆえに、その監査報告をもなさるべきである。会社が健康なときには監査人たる医者の診断書を必要としたが、一たび、更生法病院へ入院すると、監査人なる医者はいらぬというのはどういうわけか、法律を文句にとらわれず、法律が意図する目的、機能に思をいたすならば、かかる取扱はなかつた筈である。

(1) 株式会社の貸借対照表及び損益計算書に関する規則

第二条 貸借対照表及び損益計算書は、会社の財産及び損益の状態を正確に、判断することができるよう明瞭に記載しなければならない。

(2) 企業会計原則

貸借対照表の本質の項

貸借対照表は、企業の所有するすべての資産を正しく表示すべきこと。

右法令に違反した前記貸借対照表は、当今流行の粉飾決算と親類のような気がする。粉飾とは、飾つて化粧する方法ばかりでなく、明瞭に表示しなかつたり、脱漏をもいうものではなかろうか。

三、裁判所、及び管財人は、右二口の請求権を加えても、その現実の回収見込を考えると、結局は、債務超過になるから、株主の議決権はないと弁解するようである。かりに、もし、そうだとするなら、その事情を計画案に明瞭に表示して、利害関係人の判断を誤らさないようすべきでないか。

管財人作成の貸借対照表は財務諸表作成の鉄則たる、真実性の原則、公開性、明りよう性の原則に反している。

四、本件において裁判所及び管財人を誤らせた元兇は、法第一二九条の第三項の「破産原因たる事実があるときは、株主は、議決権を有しない」の誤つた解釈にありと思う。

今立法論及び貸借対照表の評価論に立入ることは見合せる。

解釈論だけで、十分妥当に運用できるのである。そもそも、債務超過の判断は、いかなる立場で資産、負債を評価するかによつて異なる。いづれの立場をとるかは、何の目的のために評価するかによつて決まる。法第一二九条第三項「破産原因たる事実」は、更生会社に破産宣告をなすための規定ではない。株主の議決権の有無を決めるためである。しかして、計画案によれば、株主は減資後壱割の株式を所有する点に着眼すれば、壱割だけ残余財産権を有することを計画案自体において是認したものと解釈せざるをえない。すなわち、債務超過ではないことを自白しているとの解釈が正しい

ゆえに、更生会社には、破産原因たる事実なく、したがつて株主は、第三回関係人集会において議決権を有すると断言することができる。

抗告理由第三点

本件計画案の内容は、まえがきに説明したごとく、債権者の優遇に反して、株主の権益を不当に無視した客観的不公正、不衡平な条件である。もし、株主が、親しく計画案二七頁の全文を熟読検討したとすれば、第二回関係人集会において、質問、意見陳述、または、修正の機会をえたであろうと推察される。

計画案一四頁「予想超過収益金の使途」の条件は、債権者一辺倒株主無視の措置である。元来法第七二条の役員に対する損害請求権の権利者は、実質上株主であるのに、これを、株主には一文も与えないでおいて、計画案第六頁には、「債権者並びに株主の利害と会社の存立を充分考慮し、公正衡平の理念によつて……」と空々しい文句を並べているが、管財人、裁判所は債権者一辺倒が公正衡平と考えているようである。

本点は法二三三条第二号「計画が公正、衡平である」ことの規定に違反するがゆえに、原決定は、取消さるべきである。

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